大学入試センター試験
英語の問題が今日の新聞に載っていたのを見てア然としました。
こんな試験を想定して受験勉強を強いられる受験生が可哀想です。
ひいては国力を削ぐことになります。
試験という性質上、優秀な人とそうでない人を識別しなければならないのはわかります。
しかし、英語において「優秀である」ということの方向性がこの試験にはありません。
つまり、「英語とこの国がどう向き合っていくのか」がきちんと整理されていないから優秀さの方向性が見えてこないのです。
それは、TOEICを使う企業に似ています。自分の社員がどんな英語をどう使えば可とするのかがわかっていないからTOEICを使い続けるのです。
TOEICで500点が650点になっても何の変化もありません。
試験上の優秀さがあがっただけで、ビジネス英語の現場には何も反映されていません。
それはTOEICが「日本人が英語を使う」という本質を問わずに、米国の英語に近いもを「優秀」と無意識に定めているから起きる悲劇です。
そんなものにお金をかけ、時間をかけるのは無駄です。
それどころか悪貨が良貨を駆逐する状態で、書店の英語コーナーのほとんどをTOEIC対策本が占めます。
これではグローバル化の波に日本はますます乗り遅れていくことになります。
センター試験の問題もかたちこそ違え、同じような方向感覚のズレを感じます。
一生に一度使うかどうか知らないようなイディオム表現を知ってたり、コミュニケーションに支障のない前置詞の違いを知っていることは重要ではありません。
こんな英語を勉強することは、中世英語の研究か外国人と一度もコミュニケーションをとったことがないような米国人と話すためのものです。
そんな問題をいくら解けても、グローバル社会で求められている英語に近づくことはできません。
そんなことをしている暇があるのであれば、もっと自分たちに役立つ学習の領域を特定し、それを深堀りすべきです。
「英語はなぜ日本人に取って難しいのか」
「日本語の情報整理ではなぜ英語のメールも論文も書けないのか」
「日本人が話す英語で問題はなんなのか」
こういうことを考えていけば、日本人が英語を使いこなすことが可能になる日は必ずやってきます。
まず、日本人にとって英語とはどんなもであるのかをきちんと整理することが急務です。