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2011年10月12日

テニスの試合

先週末にテニスの試合に出ました。
まず、リーグ戦で本選進出を競います。
今回、私はテニスクラブの友達と組んで出ました。
実は二人とも「メンタルガ弱い」ということでクラブ内で有名です?!
でも、そんな私達ですがなんと本選に勝ち上がることができました。

それも、最後は8ゲーム選手の7-7でドキドキものです。
でも、最後の一打は私の友人の目が覚めるようなリターンエースで決まりました。
「これで、メンタルが弱い」の汚名返上だと二人で上機嫌になりました。

本選の優勝は、これもまた同じクラブのフミちゃんとヤッちゃん。
決勝戦のウェアがあまりにもユニークなのでパチリ。

みんなで楽しい休日を過ごしました。

2010年08月09日

文化の違い

日曜日の午後に新宿中央公園内のトラックで1時間ほどウォーキングをしていた時のことです。
トラックの中で二組の人たちがサッカーボールで遊んでいました。

一組は日本人の親子。もう一組はアメリカ人でおばあちゃんがお孫さんと友達を連れて遊んでいる様子でした。
同じような遊びなのに、その風景がまるで違うのにおもしろいな〜と感じました。

日本人の親子は二人でボールを蹴りあっていました。
お父さんが蹴ったボールを息子が一生懸命蹴り返す。
それをまたお父さんが蹴り返す。
本当に単純な動きをもくもくと続けていました、
そして、その間、会話らしい会話はほとんどなし。
30分くらいしてお父さんが一言「うまくなったじゃない」
それに息子さんが応えて「うん」

一方外国人のグループの方は大騒ぎ。
一球蹴るたびに、おばあちゃんが "Good Kick !" "Good Stop!"と大声で声援を送ります。
それも、本当に一球蹴るごとにです。
サッカーをやってる子供達より、おばあちゃんの方がよほど大汗をかいたのではないでしょうか。

もちろん、この話はどちらの方が良いとか悪いとかいったたぐいのことではありません。
ただ、文化が違うということは、そういったちょっとした行動や経験によって生まれてくるんだなとあらためて感じました。

そんな様子を楽しんでいたらいつの間にか1時間が過ぎ、私のウォーキングも無事に終了しました。
公園 2.png

2010年07月16日

赤坂大歌舞伎を観てきました

昨夜、赤坂大歌舞伎を観てまいりました。
お目当ては、中村勘三郎氏の演じる「人情話 文七元結」。

私も人の前で話す者の端くれとして、今を時めく名優中村勘三郎の生を舞台を目の肥やしにできればとこの日を楽しみにしていました。

歌舞伎座でなかったのはちょっと残念でしたが、それでも赤坂の街がすっかり歌舞伎の衣にまとわれてました。
艶やかな和服姿の若い女性。
美味しそうなお弁当を携えた母と娘。
粋な着流し姿の初老の男性。
歌舞伎が持つ力が、いかにもそれらしい雰囲気を持った人々を集めるんですね。

そして、「カーン」と一番目の拍子木が鳴るところからすでにテンションが高まります。
こういった隅々まで行き届いた演出がなされているのも伝統の持つ力なのでしょう。

舞台は6時半から始まり8時前の終演まであっという間。時の経つのを忘れました。

私は取り立てて歌舞伎ファンではありません。しかし、約300人の講師を束ねるのは、いわば座長的な要素も多分にあります。
まず、自分の芸(スキル)を高めることを怠ると、たちどころに会社全体の研修の質が低下してしまいます。

今回も大いに収穫がありました。
その収穫は? それは企業秘密。ちょっとブログには書けません。
そこはお許しのほど、御願いたてまつりま〜す。

2010年05月17日

テニス大会

所属しているテニスクラブ恒例のテニス大会に参加してきました。
以前は「優勝」を意識して、張り切っていたのですが、年齢には勝てません。

それに、実は五月の連休くらいまで体調を崩していて、テニスをするどころではありませんでした。
ただひたすら横になって疲れを癒すのに専念していました。

それでも、連休最終日にテニスコートに立ってみたのですが、ちょっとラリーをしただけで息が苦しくて立っているのが精一杯でした。

そんな状況で今日のテニス大会は無理かなと諦めていたのですが、人間の体は意外に回復が早いものです。

出社前に5時から近くの中央公園を一時間ウォーキングして、腹筋・背筋運動、スクワット、腕立て伏せを一週間続けたら別人のように元気になりました。

今日も朝8時に集合して、5試合こなしたのですが、なんとか持ちこたえました。

そこで、今日の試合の目標は「完走」することに変わったのです。
ちょっと悲しいですが、ここから巻き返したいと思います。

teniss.pngクラブ創業以来のメンバーは誰もいなくなりましたが、新たな目標を目指して、明日も早朝トレーニングを行いたいと思います。

2010年02月12日

カウントベーシー結成75周年記念コンサート

昨夜、カウントベーシーオーケスオラのコンサートを堪能してきました。
「地上と最もスイングするビッグバンド」をベーシーが結成したのが1935年。
残念ながら、ベーシーは1984年に他界していますが、彼の精神は脈々と受け継がれているのです。

私は彼の顔が好きです。しわだらけの、優しそうな顔です。
生前に一度だけ彼のコンサートに行く機会がありましたが圧倒的な存在感でした。

しわと優しさ、それこそが彼の人生を凝縮していると思います。
黒人であること。当時はダンスホールの脇役にしかすぎなかったビッグバンド。
決して楽なスタートではありません。

さらに、個性的すぎる楽団員。それに追い討ちをかけるような第二次大戦。
さすがの彼も一度はバンドを解散するところまで追い込まれています。
でも、1951年に復活をなしとげ更にジャズの極みを高めています。

そんな諸々の苦難が彼の顔をしわだらけにし、そんなひたむきさゆえの幸せが彼の顔に輝くような笑顔を与えたのだと思います。

私はいつの日から、ミュージシャンとしてのベーシーとともに、組織を束ねるベーシーに憧れと尊敬の念を持つようになりました。
「いろいろな才能を束ねて大きな力にする」そんな考えが自分の目指すマネジメントの理想型に思われたからです。

この苦しい経済環境で組織の運営は更に難しくなってきます。
ともすれば近視眼的に物事を判断しがちです。
そんな時にカウントベーシーに再会でき、「頑張れ」ってエールを送られた気分です。

彼の名曲の「Jumping at the woodside」アンコールで演奏された「April in Paris...」
彼のしわだらけの優しい顔がサントリーホールに広がりました。

コンサート.png
コンサート前の風景